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ペット豆知識No.12-恐れることなかれ! 椎間板ヘルニアは克服できる病気です-

激痛!椎間板ヘルニア

 いよいよ台風シーズンですね。先日の台風は宮崎での初体験となりましたが、やはり東京とは比べ物にならない破壊力でした。出来立てほやほやのやんちゃな台風には正直驚きました。以前レプトスピラについての特集をしましたが、台風シーズンは伝染病が流行ります。これからが本番です。台風自体もそうですが、『2次的被害』にも十分注意してください。

-椎間板ヘルニアとは-
 台風では家屋や施設が傷みますが、今回は腰が痛む話です。椎間板ヘルニア、イヌに限らず人間でもぎっくり腰や慢性の腰痛に悩まされている方は多いことでしょう。椎間板とは、文字通り、脊椎と脊椎の間にある板のような軟骨組織コラーゲンとゼラチン質から出来ています。お肌によさそうなプルプルな名前ですね。まさにそうで、これは通常、椎骨にかかる衝撃を和らげるクッションのような役割をしています。その椎間板の一部(中心にある髄核、あるいは外側を覆う繊維輪)が何らかの原因で背中側へとヘルニア(臓器の一部が本来あるべき腔から逸脱した状態『大辞泉』より引用)を起こし、すぐ上を走る脊髄(神経)を圧迫して様々な神経疾患を起こす病気が椎間板ヘルニアと言われます。
後に詳説しますが、椎間板ヘルニアは急性に症状を現すことが多いです。突然うずくまったまま動かなくなったり、キャンと叫んだあと背中をとても痛がる様子を見せたり、後ろ足を引きずったまま前足だけで一生懸命歩いたりします。腰(腰椎)ではなく、首(頚椎)でヘルニアを起こした場合は、首から下が完全麻痺してしまうことすらあります。ではどういった犬がこのような椎間板ヘルニアを起こしてしまうのでしょうか。

-ダックスの専売特許と言われるくらい…- 
 さて、椎間板ヘルニアといえばやはりダックスフントでしょう。全ての犬種において、またごくまれに猫でも発症することがありますが、臨床的にはダックスの専売特許といっても過言ではありません。なぜダックスで多いかといえば、胴長短足の脊椎に負担がかかりやすいという体型に加え、軟骨異栄養性犬種といってダックスを初め、シーズー、ビーグル、ウェルシュコーギー、スパニエル系、ペキニーズなどは先天的に髄核(椎間板の中心を成すゼリー状の物質)が軟骨化しやすいためです(軟骨様異形性)。生後6ヶ月くらいからこの軟骨化が始まり、3年くらいすると髄核の水分が徐々に少なくなり、やがてその周りを覆う繊維輪までもが変性し始めます。すると、今までのように歩いたり飛んだりして椎骨にかかっていた衝撃を分散できずに、何かの拍子に髄核が弱くなった繊維輪を飛び越し、すぐ上を走る脊髄や神経根を圧迫して、大きな痛みや神経障害を起こすのです。(下図参照)実は椎間板ヘルニアにはHansenⅠ型とHansenⅡ型の2種類があり、いま述べたダックスのヘルニアは、前者の方に当てはまります。急性におき、また犬種特異性があるHansenⅠ型にくらべ、Ⅱ型では比較的慢性に症状が進行し、また犬種による特異差はあまりありません。つまりどの犬種でも起こりうるということです。Ⅱ型では老齢性に繊維輪の変性が進行し、繊維輪全体が肥厚してくることで脊髄を圧迫します。徐々に肥厚が進むため、症状は慢性的に進行するというわけです。
HansenⅠ型の甚急性例では、緊急的な手術が必要な場合があります。その判断を下すにあたり重要となるのが、World Standardな椎間板ヘルニアの5段階グレードです。

-椎間板ヘルニアのグレードとその症状-
グレードⅠ:背中の疼痛(バックペイン=背部圧痛)。歩行は正常である。
グレードⅡ:背中の疼痛。運動失調(不全麻痺)をきたすが、かろうじて歩行可能。
グレードⅢ:完全麻痺がおき、歩行は困難(随意運動不能)。
グレードⅣ:歩行不可能。排尿制御できず(排尿不能)。深部痛覚あり。
グレードⅤ:歩行不可能。深部痛覚の消失。

 グレードⅠ~Ⅱでは、人間で言うぎっくり腰といったところでしょうか。背中をさわると痛がったり、後ろ足をふらつきながら歩くような症状が見られます。Ⅲになると、不全麻痺のために後肢はだらりと力なく、正常に歩くことはもはや出来ません。通常、グレードⅢ以上の症例にオペ適応となります。グレードⅣでは脊髄障害側から後方は完全麻痺となり、後肢がまったく動かなくなるのはもちろん、排尿排便が自分の意思でコントロールできなくなります。しかし、深部痛覚(手術用器具などで肢を強くつまむ)は残っています。それがグレードⅤになると消失し、これが緊急手術を行う判断に非常に重要な手がかりとなります。
 深部痛覚が存在しない場合、重度の脊髄機能障害が存在することを意味し、消失後48時間以内に手術が必要になります。それを過ぎると、術後の回復率は5%以下といわれ、しかも、例え48時間以内に手術をしたとしても回復率50%前後と非常に厳しい状態であるといえます。なぜ時間が関係するかというと、重度の脊髄損傷が起きると損傷部位を中心に軟化(壊死のこと。脳や脊髄に対しては軟化と表現する)が起き、放置すればするほど軟化は進み、最終的には呼吸筋麻痺によって動物が死亡してしまうためです。死亡するまでとはいかなくても、48時間が運動機能を回復させられるギリギリの時間なのです。
 院長直筆の椎間板ヘルニア講義によると、『Ⅰ~Ⅱ度でも安静や内科療法に反応しない場合、特に痛みが緩和されなければ手術を躊躇すべきでない』とし、いかにこの疾患の外科的意義が高いかを物語ります。(内科的、外科的治療法の予後については、院長講義参照のこと)

-治療-
 手術法は、ヘルニアを起こした部位と程度によって異なりますが、どうであれ、実際の手術は非常に厳しいものであるといえます。なぜなら突出した椎間板物質を除去する際に、そのすぐ近くを走る脊髄神経、脊髄血管、さらに脊柱管の中を走る静脈洞を障害すると脊髄軟化(壊死)や大出血を起こすために細心の注意が必要です。動物病院では比較的一般的に行われる手術ではありますが非常に複雑かつ繊細な手術のため、術者のテクニックがカギとなります。
 術後は絶対安静が重要です。手術中の出血コントロールはできます。しかし術後に暴れてしまうと、先ほど述べた静脈洞からの大出血が起き、そうなるとまず助かりません。数日間の入院と、退院後の徹底的なケージレスト(ケージの中で安静に過ごさせる)で大概の症例は予後良好でしょう。
 また、手術適応でない軽度のヘルニアの場合はステロイドビタミン剤の内服に加え、リハビリを行う内科的治療法がとられます。

-カギはリハビリ!-
 院長講義と重複しますが、結局手術をしてもしなくても、一番大事なのはリハビリテーションです。実際、グレードⅢまでの症例では特別なことが無い限り当院では手術をしません。それは手術に臆病になっているわけではなく、手術なしでも治るからです。
 病院によっては傷害グレードが低くてもオペをしたがる獣医師もいますが、もちろん動物の負担にならず、飼い主さんの財布の負担にもならなければそうした方がいいことは明らかですよね。
 リハビリには、とにかく『足に本来の動きを思い出させる』ことが大事です。当院では、タスキ様の布をつかって腰を吊り地面に接着する感覚を何度も何度も味わせたり、バスタブにお湯を張り遊泳させたり、さらに飼い主さん自身の手で足を曲げ伸ばしするといった方法を、最低でも2週間、行ってもらうことを推奨しています。そういったリハビリ療法が元通りに歩くための一番のポイントです。我々獣医師も一生懸命治療しますし、飼い主さんも一生懸命になって初めて椎間板ヘルニア治療は完結するのです。

-最後に-
ヘルニアはある程度予防ができます。どうすればいいかというと、

1:太らせない。
2:ソファーやベッド、階段などの昇り降りは厳禁!(昇降運動の阻止)。
3:抱くときは、体が必ず地面と平行になるように。抱き上げるときも縦にならないように心がける。

など、日常的に出来ることばかりです。番号をつけましたが、優先順位があるわけではなく、この3つ全てが大事です。ヘルニアにならないためのワクチンだと思って、特にダックスは幼いときからのしつけの一つとして心がけてください。
 ちなみに、僕の実家にいるランディさん(M・ダックス 10歳)は5年前にグレード4の椎間板ヘルニアを起こしました。もちろん我が大学病院で一両日中に手術を行い、一生懸命リハビリした結果、今は元気に暮らしています。しかし、発症したときは目もあてられないほど痛がり、かわいそうでかわいそうで涙が出たのを覚えています。整形疾患では権威である原康助教授に手術をしていただきましたが、術中その鮮やか過ぎるメスさばきも、学生である僕への親切な説明も、僕にとっては遠くで響くお経のように聞こえました。それほど痛たましい病気であることを少しでも認識していただき、上記の予防三点セットを始めるきっかけになればいいと思っています。

文:小川篤志

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