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ペット豆知識No.13-善は急げ、犬・猫の避妊と去勢-

避妊、去勢はもうお済み?

 人間でいえば、避妊や去勢というのは生命としての生殖能力をゼロにするという意味で、特に去勢は古来では極刑に近い拷問として行われていました。発端は刑罰でしたが、古代中国(清時代まで)から東アジアにまで広がった宦官(かんがん)とは、宮廷に仕えることができる代わりに男性器を切り落とさなければならない究極の職業でした。うち3割は細菌感染によって死亡したといわれています。ある程度の地位を約束された職業であるとはいえ、女帝や後宮に対する潔癖を誓うために自ら去勢をするとは、同じ男として想像を絶します。
 しかし、人間社会ではそんな非道だとも思える手術もイヌ・ネコでは極めて一般的に行われています。なぜでしょうか?その理由をどこまでご存知ですか?そのわけを今回は詳しく探っていきましょう。

オスの場合(去勢手術)
 まず、一般的な理由としては、攻撃性や凶暴性を和らげるためだとか、協調性をもたせるためとか、あるいは無駄吼えをなくすといった問題行動を改善するという面で行われます。しかし、獣医師の立場からいえば、主に病気を予防する意味で去勢術を勧めます。去勢術とは、精巣を両方取ることによって完了します。特に陰茎をとったりすることはしません。
 精巣からはアンドロジェン(テストステロン)やエストロジェンが内分泌され、それらのホルモンが体にさまざまな変化をもたらします。しかし、その『変化』の中には悪性に作用する場合もあり、これが去勢を行う理由の一つとなります。
 まず、多いのは前立腺疾患です。イヌの前立腺は発達がよく、高齢になればなるほど大きくなっていきます。しかし、それが過剰に肥大すると前立腺肥大症と診断され、肥大した前立腺は、物理的に尿道や直腸を圧迫し、排尿困難、排便困難といった症状を惹起します。そのほかにも前立腺肥大からの前立腺嚢胞、感染が関与する前立腺炎、それが進んだ前立腺膿瘍などがあります。ネコは前立腺の発達が悪いため、めったに起ることはありません。
 ホルモン感受性疾患といえば、肛門周囲腺腫も重要です。肛門周囲腺とは、主に肛門の周囲やしっぽの付け根にありますが、意外にも大腿部、包皮、または腹や背中にも存在する皮脂腺の一種です。ネコには存在しません。これもアンドロジェンやエストロジェンの関与が考えられ、一般的に未去勢オスで発生し去勢済のイヌで発症するのは極稀です。発症しても、ホルモンの元を断つという意味で、治療的な去勢手術によって収まる(95%以上)疾患です。90%は良性の腫瘍ですが、10%が悪性です。いわゆる腺ガンですね。転移も起こす危険なガンですので甘く見ずに細胞診( FNA : Fine Needle Aspiration …細針で患部を刺して吸引し、細胞を採取して診断する方法 )を行い、白黒はっきりさせる必要があります。
 また、会陰ヘルニアも男性ホルモンが関与します。会陰部とは肛門の両サイド(坐骨結節との間)のことを言い、ここの筋肉が分離して直腸や脂肪、膀胱などの臓器が会陰部皮下に脱出する状態を言います。ヘルニア孔から脱出する臓器にもよりますが、症状が重い場合は早急な手術が必要です。手術でヘルニアは治まりますが、再発性の高い疾患であり、困難を極めることが多いやっかいな病気であることを覚えておいてください。
 精巣がある場合には精巣腫瘍も起ります。特に、潜在精巣(陰睾)では腫瘍化する可能性が極めて高く、「タマタマが一個足りない!」という方や「去勢してないのに二つとも無い!!」という方はすぐに去勢をすることをお勧めします。潜在精巣とは、胎児の時にお腹の中にある睾丸が、生後に陰嚢(いわゆる玉袋・・・)に落ちてこず、お腹の中に閉じ込められたままの状態を言います。イヌでは結構多いんですよ。
 あまりネコの話がでてこなかったのでアレ?とお思いでしょうが、実際ネコの去勢は、ほとんど疾病の予防に関しては行われません。どっちかといえば最初にお話したメスに対してのけん制と言う意味で希望される方が多いようです。特に春先はサカリ盛りでうるさくて仕方ないですものね。他にも去勢していないと屋外に出してくれアピールが激しかったりして、じゃあ出してやろうと出してみるとケンカして帰ってきたり、それが元でエイズに罹ったりと散々な目に合います。

メスの場合(避妊手術)
 避妊手術は去勢手術と異なり、獣医師の数だけ術式があるといわれるほどスタンダード(基礎的)な手術であり、獣医師なら誰もが通る登竜門といった手術です。これが立派に出来るようになれば、獣医という肩書きをちらつかせて合コンに参加しても許されるでしょう。それだけマイ避妊術がそれぞれにあるため、たま~にですが、手術のやり直しをしなければならない乱雑なオペをされたかわいそうな子も来院したりします。聞いた話では、避妊手術をするために入院したら、妊娠して帰ってきたなんていう仰天エピソードもあるそうです。シャリの不味い寿司屋に名店はありません。そういうことです。
 さて、避妊手術は、去勢よりも意義があるかもしれません。なぜなら、これからお話する病気は、去勢のところで話した病気よりも、より重篤でより緊急性の高いものであるからです。
 まず、最初に話さなくてはならないことは、乳腺腫瘍つまり乳がんです。イヌの全腫瘍のうち、実に60%をしめるのがこの乳腺腫瘍です。この乳腺腫瘍、早めの避妊手術が功を奏します。初回発情(始めての生理)以前に避妊手術をした場合、その発生率はなんと1万頭に5頭(0.05%)まで下がります。しかし、発情を経験すればするほど、避妊手術をおこなっても発生率は上がっていきます。3回以上発情を経験したイヌでは乳腺腫瘍に対する効果は殆どないと言われています。初回発情は、個体差もありますが、8~10ヶ月齢で起きるのが一般的ですが、早い子では生後半年ほどで経験する場合もありますので注意が必要ですね。(乳腺腫瘍についての詳しくは院長講義のこちらを参照)
 結局のところ、乳腺腫瘍は発生するリスクは否めませんが、ほかに完全に発生を予防できる病気があります。それは卵巣、子宮疾患です。物理的に卵巣と子宮を摘出するのが避妊手術(実際には、子宮は残して卵巣だけ取る先生もいますが・・・)ですから、完全予防できて当然と言えば当然です。
 そのなかでも子宮蓄膿症(Pyometraパイオメトラ)は病期によっては著しく致死性が高く、しかも極めて高頻度で発生する怖い病気です。文字どおり、子宮に蓄膿つまり膿みが溜まる病気です。明確な原因は未だはっきりしないというのが現状ですが、有力な説は、いつもは閉じきっている子宮頚管が、発情時に精子を受け入れるために開くことで、膣から感染がおきます。その殆どは大腸菌(Esherichia coli)が原因(80%以上)で、肛門などから膣内に感染します。いったん子宮内に侵入した菌は怒涛の勢いで増殖し、大量の膿みを形成します。遊園地などでピエロが細長い風船をぷくーっと膨らませてプードルとかリボンとかそういうものを作るパフォーマンスをしますよね。まさにあの感じで、普段は細い子宮が水風船みたいにパンパンに膨れます。症状は実に多様で、発熱、食欲廃絶、多飲多尿、元気消失、腹痛、嘔吐、外陰部からの排膿、ブドウ膜炎などで、急性症状の場合は一週間で重篤となります。
 治療は、まさに避妊手術です。つまり子宮と卵巣を取り除きます。発見次第、早急な手術が必要になります。膨らみすぎた水風船が破裂するように、子宮破裂を起こし腹膜炎を併発したり、細菌の産生する毒素が血中を回ってショック状態に陥ったりする場合もあり非常に致死性の高い病気です。しかも手術が上手くいったとしても術後合併症(例えば急性腎不全など)のリスクが高く油断ならない病態なのです。
 もちろん予防は避妊手術です。何度もいいますが、避妊手術をすれば絶対にパイオメトラにはなりません。そのほか、子宮水症、子宮の腫瘍(平滑筋腫など)、卵巣腫瘍(顆粒膜細胞腫、腺癌など)、卵胞嚢腫など様々な病気を予防することができます。

 とどのつまり、イヌネコの避妊・去勢は刑罰のためにするわけでも宮廷に仕えさせるためでもなく、『疾病の予防』のために行うのです。デメリットといえば、まず手術のリスク(麻酔に絶対の二文字はない)、子供を生めなくなる、そして術後に太りやすくなるといったところでしょうか。
 もし、飼い主さんに避妊去勢、特に避妊手術をした方がいいのかと聞かれれば、僕ならこう言います。
「子供を生ませるつもりがないのなら、しましょう。」

(注)最近、未避妊イヌの中・高年齢での子宮蓄膿症の罹患率は60%以上(10頭中6頭以上)という報告もあります。

(追注1)イヌの潜在精巣の腫瘍化のリスクは正常の13倍以上と考えられています。

(追注2)ネコにも潜在精巣は存在しますが、イヌとは異なり精巣腫瘍のリスクファクターにはなりません。したがって、ネコで精巣が腹腔(腹)内にある場合には去勢をする必要はありません。いずれにしてもワクチン接種の際に、性別と精巣の位置をキ・チン(洒落です)と確認してもらいましょう。

文:小川篤志

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