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ペット豆知識No.19-猫の肥大型心筋症。突然の後肢麻痺や開口呼吸には要注意-

●はじめに 
 心筋症はヒトでも不治の病として恐れられています。臓器提供の少ない日本での待機を待てずに外国での心臓移植を受ける患者が少なくないのが現状です。心筋症と言えば最近汚名を着せられたNHKのヒット番組「プロジェクトX」にも登場したバチスタ手術で有名な須磨久善先生を思い起こす方もおられるでしょう。(須磨先生は冠動脈バイパス手術に胃大網動脈クラフトを世界で最初に使用したことでも有名。現在は最もポプュラーな術式となっている)
 猫にもヒトと同様な病態の心筋症が存在し、その類似性からヒト心筋症のモデルと言われるくらいです。ヒトと異なり、診断での生検や治療としての心臓移植は世界的に実施されていまん。また、ネコでの薬物に対する反応性はヒトやイヌとはかなり違っており、ヒトの治療法が安全性をもって(副作用なく)そのままネコに応用できるものではありません。
 ここでは心筋症の中でもネコに多発する「肥大型心筋症」の概要について述べます。

●猫の心筋症の分類
 ネコの心筋症は3つのタイプがあります。肥大型(Hypertrophic Cardiomyopathy=HCM
)、拡張型(Dilated Cardiomyopathy=HCM)、拘束型(Restrictive Cardiomyopathy=RCM)の3つです。肥大型心筋症は「本題」ですので最後に詳述します。
 拡張型心筋症はつい最近まで心筋症のうちの約20%を占めるとされていましたが、その主たる原因がタウリン(Taurine)の欠乏であることが判明し、現在は減少しています。正規の成分含有の猫用フードが本疾患に貢献していることになります。DCMの病態は心室の筋肉が拡張(両心房・両心室が拡張するが左心房と左心室の拡張の方が大。両房室弁の閉鎖不全や不整脈も発現)して心筋の収縮力を低下させるものです。ヒトでのバチスタ手術はその拡張した心室筋の壁の一部を切除することで全体の収縮力をいくらかでも回復させようとするものです。
 拘束型心筋症は原因に不明な点が多いことから、病気の定義そのものもはっきりしていないのが現状です。一応の病態は心筋が線維化を起こしたことにより、心室の拡張に支障をきたし、結果、左心室腔に満たされる血液量が減り、これが心臓から全身に回る血液量の低下を招くこととなります。心筋の線維化は、(1)先行した何らかの原因による心筋炎の治癒過程での線維化、(2)HCMの病態下にある心筋に繰り返し起こった心筋梗塞のため、であると考えられています。HCMの心筋は動脈硬化や心筋梗塞が起こり易いことが知られています。

●肥大型心筋症=HCMとは?、症状?
 ネコの心筋症の70%以上を占めます。ヒトと同じく原因は不明ですが、ペルシャ(Persian)、メインクーン(Maine coon)、ラグドール(Ragdoll)などの猫種に多発することから、遺伝的要因が強く示唆されています。発症の平均年齢は6~9歳ですが、6ヶ月齢から13歳と広い範囲です。専ら雄ネコに見られます。病態は主に左心室壁と心室中隔(老齢)が求心的(心室腔に向かって)に肥大することで、左心室腔が狭小化して、結果、心臓から拍出される血液量が減少しうっ血性心不全へと進展します。しかし、これだけではすまないのがHCMで、肥大した心筋により僧帽弁(左心室と左心房間にある弁で、心臓が収縮した時に左心室かた拍出される血液が左心房方向に漏れずに全て大動脈に流出するための弁)の位置が変わり、これが僧帽弁の閉鎖不全を惹起します。この時点では収縮期雑音を聴取することが可能です。左心室の肥大と僧帽弁の閉鎖不全は左心房の血液量を増大させ、左心房の拡張を招きます。レントゲンフィルム上ではHCMに特徴的な「バレンタイン・ハート」型を呈するようになります。左心室の狭小化と左心房の拡張は血液の滞留を招き、そこでの血栓形成を促進することとなります。ある程度に成長した血栓が心臓から全身へと流れれば、表題の(1)突然の後肢麻痺、(2)前肢(通常は一側性)の麻痺、(3)心筋梗塞や脳梗塞での突然死や神経症状の発現、などの症状が見られます。また逆流で左心房の圧が上昇してうっ血性心不全状態を呈し、延いては肺水腫が起こり、これも表題のネコでは珍しい「開口呼吸」や発咳、呼吸困難、流涎などを呈するようになります。不整脈もしばしば見られる所見の一つです。

●HCMの診断
 上記の症状、特に表題の「後肢麻痺」や「開口呼吸」などの呼吸困難が見られたら、必ずHCMを疑わなければなりません。これらの症状を呈して来院した場合にはまず心臓のエコー(超音波)検査を実施します。拡張期の左心室壁が8mm以上では確定診断と言えますが、5mm以上あり左心室腔の狭小化や僧帽弁の左心房側への逸脱、左心房の拡張所見があれば、HCMを強く疑うべきです。
 同時に重要なことは、(1)股(大腿)動脈の”脈”の触知の可否、(2)患肢の深爪-深爪で出血がなければこれも確定診断となる-、(3)麻痺した部位の激しい痛み(疼痛)-これは筋肉への乳酸蓄積による-、を確認しなければなりません。
 心不全の程度、とくに肺水腫の有無をレントゲン撮影で確認する必要があります。左心房の拡張(バレンタイン・ハート)の確認も怠らずに!

●類症鑑別診断
 鑑別を要する疾患として、腎不全などの高血圧から心肥大に至ったものや、特に7歳以上のネコでは甲状腺機能亢進症(Hyperthyroidism)を考慮しなければなりません。

●HCMの治療-その1.症候性(上記のような症状を呈している場合)の場合-
 原因が不明のため、骨折を治すように、根本的な根治療法はありません。症状に合わせた対症療法が主体となります。(1)血栓溶解療法:ウロキナーゼなどの薬剤投与、(2)抗凝固療法:へパリンやアスピリン、ワルファリンなどの投与、(3)心不全と肺水腫に対する治療:血管拡張剤やフロセミドなどの利尿剤、ニトログリセリン、気管支拡張剤などの投与、(4)酸素吸入、(5)胸水除去、など。塞栓症で肺水腫を呈している場合には集中治療を敏速に実施しなければ救命できません。
 HCMも他の病気に違わずその重症度や進行の程度は個体差があります。最初に肺水腫のみで来院したものではその後の治療で2年以上生存するケースも多いとの報告もあります。
 要は左心室腔の狭小化の程度とその進行の具合により、予後が決定されることになります。後述しますが、内科療法の継続や検診による早期診断とその対処が必要ということになります。

●HCMの治療-その2.無症候性(症状が出ていない)の場合-
 HCMには症状が発現しないものの、軽度の心肥大を有する、いわゆる「HCM予備軍」が意外に多いと考えられています。即ち、心エコー検査での左心室壁厚のチェックが重要となります。肥大が進行している可能性があれば、定期検診やレントゲン撮影も必要となるでしょう。肥大の進行が確実となれば「血管拡張剤」の投与開始に踏み切るべきです。
 実際にはワクチン接種などで来院した時に、短時間で済みますから、健診の一項目として心エコーの検査も受けるべきでしょう。

●終わりに
 20~30年前には開腹手術で血流が遮断された血管より塞栓を摘出した時代もありました。その後動脈カテーテルにより血栓溶解剤を塞栓部に直接投与することも試みられました。現在では上記の治療を組み合わせて迅速に対処することで、少なからぬ好成績が得られていると考えるべきでしょう。
 今後はHCMを発症して急場をしのげたネコへの抗凝固療法の確立や、HCMの早期発見(診断)と治療のクライテリア(criteria=判定基準)確立が強く望まれます。

 

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