[症例]:3歳のミニチュアダックスフンド、雌、体重5.18kg。
[主訴]:車と接触してからの跛行を主訴に来院した。
[診断]:レントゲン検査にて、左股関節脱臼と骨盤骨折(明らかなレントゲン所見として右仙腸関節の骨折脱臼、右坐骨骨折、左右恥骨骨折・変位)が認められた。
[治療]:本症例では幸い、1日目と4日目のレントゲン撮影において、骨盤の変位は顕著でなく、手術での骨折整復は必要ないと判断した。骨盤骨折に対しては、保存療法(ケージレスト)とし、骨折後の骨盤の変位(変形)が落ち着く(固まる)8日間の期間(この時点でも骨盤の変位は変化なかった)を設け、その後に左大腿骨頭切除術を実施した。術後7日間(15日目)外固定を実施し、22日目の時点でも骨盤の変位は変わらなかった。歩行も可能で通常の術後回復であった。
[ワンポイント講義]:1.骨盤骨折
①骨盤は箱型(レントゲンのVD方向撮影では長方形)の形態をしていることと、短くて強い筋腱組織が支持していることから、大多数の骨盤骨折は複数の部位で起こる。
②骨盤骨折は必ずしも外科的処置が必要になるわけではない。外科的処置を行うかどうかの判断基準は、a.骨盤腔の大きさの明らかな減少、b.寛骨臼の骨折(関節面の変位)、c.股関節の不安定性、d.片側性または両側性の不安定性(他肢の骨折を伴うなど)のうち、いずれかが認められる場合には外科的処置が必要になる。
③保存療法を行う場合は絶対安静が重要である。ケージレストを行い、十分な水分補給や栄養補給を行う。さらに尿路および直腸の損傷を伴う場合があるので、排尿および排便状態に注意する。
[ワンポイント講義]:2.股関節脱臼
①通常、大腿骨頭は寛骨臼から背側に変位する。大腿骨頭の円靭帯は常に完全に断裂している。
②股関節周囲の軟部組織に対する持続的な影響と関節軟骨の変性を防ぐために、できるだけ早期に脱臼を整復すべきである。
③股関節脱臼整復の選択肢は、a.非観血的整復、b.観血的整復(外科的処置)、c.大腿骨頭および骨頸切除術がある。非観血的整復は脱臼後48時間以内で関節構造が正常な場合に限定される。ただし非観血的整復で回復させることができる可能性は約50%、股関節形成不全あるいは以前に受けた外傷などにより股関節の形態に異常がみられる症例では成功率は低下する。非観血的整復に失敗した後の外科的処置の成功率と最初から外科的処置を実施した場合の成功率は同等である。そのため非観血的整復が第一選択肢になる。小型犬や猫で股関節の再脱臼を危惧する場合には、非観血的あるいは観血的整復よりも大腿骨頭および骨頸切除が有効な場合もある。他の外傷を併発する場合は、動物の状態が安定するまで手術を延期する必要がある。
④整復後4~7日は患肢を固定し、安静にする。
[本症例で考慮した点]
①直腸検査においてもレントゲン所見(写真)でも骨盤の変位は手術を必要とするレベルではなかったこと。
②左股関節の脱臼に関しては、早期に非観血的整復を実施(外固定も必須)することで、その負荷増からかえって反対(右)側の仙腸関節はじめその他の骨折部位の変位を大きくし、それが骨盤腔の狭窄を招く可能性を考慮して10日後に骨頭切除術を行った。
③骨頭切除術を選択した理由は、本法が「一回勝負」の確実な術式であり、経済的負担も軽くて済むことに因った。
文責:獣医師 藤﨑 由香