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今週の症例(2013年4月1日)No.8:犬の副甲状腺(上皮小体)機能低下症

[症例]:9歳のミニチュアダックスフンド、雌。
[主訴]:2週間ほど前からの跛行、食欲不振、元気消失を主訴に来院。
[診断]:血中カルシウム値が3.6㎎/dl(基準値9.3~12.1)と低値を示したため、外部検査センターにイオン化カルシウム値と血清PTH(パラソルモン)濃度の測定を依頼。イオン化カルシウム値は0.3mmol/l(基準値1.24~1.56)、PTH7.2pg/ml(8.0~35.0)といずれも低値を示した。これより、上皮小体機能低下症と診断した。他の検査結果は血中カルシウム値の低下を招く病態は存在しなかった。
[治療]:緊急治療としてカルシウム製剤の静脈内投与を実施し、同時にビタミンD製剤とカルシウム製剤の経口投与を開始した。血中カルシウム濃度をモニターしながらそれらの投与量を調節し、現在は経口薬のみで血中カルシウム濃度を正常範囲の低い領域にて維持中である。全身状態も治療を開始した翌日から改善し、受診後1~2週間ではほぼ通常の歩様となった。

[ワンポイント講義]:
①血中カルシウムは筋収縮、神経活動、細胞膜の維持、血液凝固などの働きの他、骨や歯の構造を保つなど重要な役割を持つ。体内のほとんどのカルシウム(99%)は骨として存在する。カルシウムの濃度調節は骨、腸、腎臓が関わる。上皮小体(副甲状腺)から分泌されるパラソルモンは血中カルシウム濃度を上昇させる働きを司るポリペプチドホルモンであり、その作用点(ホルモン受容体)は先の骨、腸管、腎臓に存在する。
②その副甲状腺ホルモン(PTH)が何らかの原因(後述)で不足すると、その結果として低カルシウム血症と高リン血症を引き起こす。血中のイオン化カルシウムの低下によって神経筋活動が亢進することにより、神経過敏、発作、後肢の痙攣や痛み、運動失調、硬直した歩様、呼吸促迫、虚弱、食欲不振、元気消沈などさまざまな症状が認められる。臨床症状の発症は急性かつ重篤で、運動時や興奮時、ストレス下で起こりやすい傾向がある。症状は持続性でなく一時的(時折)で現れることが多いが、症状が発現していない期間でも低カルシウム血症は持続している。
③犬での好発犬種は特にないが、雌で好発しやすいとの報告がある。猫での原発性副甲状腺機能低下症はわずかに報告があるのみである。甲状腺機能亢進症で両側甲状腺摘出を行った猫で医原性副甲状腺機能低下症を引き起こす場合が多い。
④診断は、持続的な低カルシウム血症および高リン血症が見られ、腎機能が正常である場合に本疾患を疑う。確定診断には血清PTH濃度を測定し、他の低カルシウム血症を呈する疾患(ex.産褥テタニー、腎不全、エチレングリコール中毒、低マグネシウム血症、栄養性二次性副甲状腺機能亢進症、腫瘍溶解症候群など)を除外(ルールアウト)する。
⑤治療はビタミンD製剤およびカルシウム剤の補充を行う。ビタミンDは腸管からのカルシウムの吸収に重要である。緊急治療としてはまずカルシウムの静脈内投与を実施し、低カルシウムの症状がコントロールできた時点で維持療法に切り替える。維持療法はカルシウムおよびビタミンD製剤の経口投与を実施する。治療目標は低カルシウム血症の危険が生じるよりも高く、高カルシウム血症や高リン血症が生じる値よりは低いように調節することである。血中カルシウム濃度が安定したら、まずカルシウムの経口投与を徐々に漸減し、ビタミンDを必要最低限まで減量する。多くの場合では生涯ビタミンDの投与が必要になる。
本症の原因は原発性(特発性・自然発生性)と医原性に因る。前者の原発性は、犬と猫では稀であり、リンパ球性上皮小体炎や委縮が主因である。多分、自己免疫が関与しているであろう。無形成・無発育(agenesis)は非常に稀であるが見られる。後者の医原性上皮小体機能低下症は、甲状腺あるいは上皮小体の腫瘍(良性・悪性)・過形成の治療として実施される甲状腺や上皮小体の両側切除で起こる。術後、一時的に残存組織の委縮のためホルモン濃度が低下するが、通常4~6週間で正常の機能に回復する

文責:獣医師 藤﨑 由香

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