[症例]:1歳の雑種猫、雄3.8kg。
[主訴]:呼吸が荒く、ぐったりしてるとのことで来院。
[診断と治療]:胸部エコー検査で胸水貯留を確認。胸部レントゲン検査では心陰影消失、肺野全体の不透過性亢進が見られた。胸水を抜いて検査を実施したところ、黄白色を呈し、塗抹検査で細菌を貪食した好中球を認めたため膿胸(化膿性胸膜炎)と診断した。そのまま左右の胸壁から胸腔内にドレーンを留置し、胸腔洗浄を実施。始めの3日間は入院で1日2回、その後は通院で1日1回、連続で6日間の胸腔洗浄を行い、第6病日に胸腔ドレーンを抜去した。第13病日現在、胸水は認められず、全身状態も良好で経過は順調である。
[ワンポイント講義]:
①膿胸とは胸腔内に膿が蓄積した状態のことを言い、化膿性胸膜炎ともいう。ほとんどの場合は原因不明だが、猫では胸部外傷(ケンカ傷による犬歯や爪の胸壁穿孔)や気管支肺炎による細菌の胸腔内侵入、犬ではノギや異物による胸壁穿孔に因ることが多いといわれる。
②症状は元気消失、食欲低下・廃絶、胸水貯留に伴い呼吸困難、敗血症などにより死に至ることもある。初期には発熱、食欲低下など非特異的な症状のみの場合も多い。
③診断は胸腔穿刺により胸水の検査を実施する。超音波検査でフィブリン塊が見られる場合には膿胸の可能性が高まる。※胸水の鑑別診断にはリンパ腫などの腫瘍、心臓病、乳糜などを考慮して検査を進める。
④膿胸を起こす原因菌としてはPasteurellaやActinomycesなど嫌気性菌が多い。適切な抗生剤の投与が必要である。※本例では胸腔洗浄後にゲンタマイシンを注入し、全身投与はアモキシリン・セファレキシン・オフロキサシンの多剤併用とした。
⑤先ずは胸水を除去して呼吸状態を改善させ、同時進行で膿胸の診断が得られたならば即刻の胸腔ドレーン留置が必須である。胸腔洗浄は時間を掛け、清潔に念入りに行う。胸腔内に隔絶された孤立のアブセス(感染源)があり、完全な洗浄が不可能な場合には開胸手術による切除を要する(多くはこれに至らない)。胸腔洗浄を繰り返し、胸水の性状(細菌の消滅)が改善されればドレーンを抜去する。臨床症状の改善を見ても抗生物質の長期投与が必要である。※胸腔ドレイン抜去のタイミングは1週間が目安であり、洗浄の回収液の「ブツ」がかなり少なくなった4～5日目から回収液の沈渣を鏡顕して細菌の有無と好中球の浸潤具合を調べる。細菌がほぼ消失し、そのうえ好中球数が多いのを確認して抜去の判断を下す。
⑥※室内飼いが増えたため、最近はこの疾患を診る機会が減った。一昔までは「猫の膿胸を治してやっと一人前の獣医師」と言われた。膿胸に遭遇するたびに、この格言があたまをよぎって妙に緊張し気あいがはいる。(院長談)。
文責:獣医師 藤﨑 由香
