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今週の症例(2013年11月10日)No.25:ステロイド剤の投与が奏効した急性膵炎のM.ダックス

[症例]:9歳のミニチュアダックスフンド、去勢雄。
[主訴]:嘔吐・下痢、元気・食欲廃絶を主訴に来院。
[診断と治療]:血液検査にてアミラーゼ値が9,590U/lと上昇。腹部触診で、上腹部に疼痛を呈した。これらのことより膵炎を疑い治療を開始。点滴、抗生剤、制吐薬、鎮痛剤を投与し、絶食とした。嘔吐は落ち着いたものの、第9病日においても尚、アミラーゼ値は7,849U/lと高値を示したため、苦渋の末にステロイド剤を投与を決断した。その他の治療としては、低脂肪処方食を流動食として給与した。ステロイド剤の開始2日目、アミラーゼ値は950U/lと急減して改善された。その後ステロイド剤は漸減しても嘔吐は認められず、投与を止めても再発は認めなかった。

[ワンポイント講義]:
膵炎は犬、猫において最も一般的に認められる膵臓疾患である。犬の膵炎では嘔吐と腹痛が一般的に認められる。猫の膵炎の場合、犬に比べて特異的な症状がなく診断が難しいとされる(血液検査で膵炎の項目追加を考慮すべし)。
診断は症状と検査所見を合わせて行うが、最も簡便な診断は、アミラーゼ値およびリパーゼ酵素活性の測定である。近年、膵臓由来のリパーゼのみを測定する方法が開発されているが、外注検査であるため測定する機会は多くない。人医療ではCT検査で膵炎を診断することができるが、犬、猫のCT検査は全身麻酔が必要であるため現実的でない。高性能の超音波診断装置が普及していることから、超音波検査で膵炎の診断を行う報告もあるが、熟練した技術が必要になる。いずれの検査を実施しても確定診断は病理組織学的検査による。近年腹腔鏡による生検が検討されてきているが、現実的でない。
急性膵炎は時に重篤な病態を引き起こし、致命的になることもある疾患である。人での急性の劇症膵炎は5人に1人が死亡すると言われるが、犬猫では劇症型は少なく、多くは短期間の内科的対症療法で治癒する。アミラーゼ値が10,000/l以上に上昇する症例は少ない。本院では、アミラーゼ値が20,000/l以上に達し、死亡した症例を1例のみ経験している
治療は輸液、制吐薬、鎮痛薬、抗生物質、タンパク分解酵素阻害薬、血漿輸液などがある。まれに肝外胆管閉塞、膵壊死、膵膿瘍などに進行し、その場合は外科的治療が適応になる。食餌は絶食絶水を行うことが推奨されていたが、近年、人では早期に栄養面の支持療法を行うことが重要という報告がなされた。動物でも嘔吐がコントロールできる場合には栄養管理を行うことが推奨されている。がしかし、犬猫の通常の膵炎は短期間の治療で治癒に導けるため、その必要性は大いに疑問であろう
膵炎の動物におけるステロイド剤の投与については、いまだに議論が続いている。以前はステロイド剤の投与は膵炎の危険因子になるとも考えられてきた。しかし、炎症性胃腸疾患やリンパ球性肝胆管炎などの疾患は膵炎を併発あるいは続発するリスクが高いことなどから、最近ではステロイド剤の投与が有効な場合もあると考えられるようになった。また人では、自己免疫性膵炎という病態があり、犬、猫の膵炎においてもリンパ球とプラズマ細胞の浸潤が多く認められることから、人と同様な病態の存在する可能性が示唆されている。本症例もステロイド剤投与によって膵炎の著しい改善が認められた
われわれが遭遇する膵炎の程度は、ほとんどが比較的軽度であり、急性の劇症膵炎は少ない。それゆえ、一般的な対症療法で満足できる効果が得られる。しかし、本症例のように比較的長期の治療日数を要するケースでは、免疫学的な病態を考慮し、ステロイド剤の投与も選択肢のひとつであることが示唆された

文責:獣医師 藤﨑 由香

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