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今週の症例(2013年11月29日)No.28:パグの皮膚に見られた多発性肥満細胞腫

[症例]:9歳、パグ、雄。1年前に尻尾の小さなイボに気付き経過観察していたが、最近大きくなってきたとの主訴で来院した。尻尾の皮膚の腫瘤は直径10mm程度で細胞診にて肥満細胞腫と診断し第5病日に前肢麻酔下で外科的切除(断尾)を実施した。病理組織学的にはグレードⅡの肥満細胞腫であった。その後も5度(計6度)にわたって同腫瘍を全身の皮膚に認め、その都度切除手術を実施している。
[経過と治療]:
○2度目:第384病日、左脇腹に皮膚腫瘤を発見し、細胞診にて肥満細胞腫を確認、第387病日に全身麻酔下で外科的切除を実施した。病理組織学的検査の結果は初回同様で肥満細胞腫グレードⅡであった。2回目の手術時点ではそれ以外に異常病変が確認できなかったことから、尻尾に発生した初回の肥満細胞腫の転移は一応否定した。
○3度目:第630病日、3度目の新たな直径3mmの腫瘤が左前肢皮膚に確認され、過去の2回同様、細胞診で肥満細胞腫と診断し、第632病日に全身麻酔下で外科的切除を実施した。(3度目は病理組織学的検査は実施せず)。
○4度目:第681病日、今度(4回目)は腹部に直径5mmの皮膚腫瘤を確認し、過去の3回同様、細胞診にて肥満細胞腫であったが、短頭種で年齢であることを考慮して今回は局所麻酔にて腫瘤切除を実施した。
○5度目:第747病日、5度目は左後肢皮膚に直径3mm、肛門周囲に直径3mmの皮膚腫瘤を認め、過去4度同様に肥満細胞腫と診断し、局所麻酔で切除術を実施した。
○6度目:第761病日、6度目は腹部に直径5mmの皮膚腫瘤を認め、肥満細胞腫と診断して局所麻酔で切除した。

[ワンポイント講義]:
肥満細胞は血管周囲や皮膚、皮下組織、消化管、肝臓など体中に存在する細胞でアレルギー反応や炎症反応に関与している。
肥満細胞腫は多くの場合、単発性であるがまれに多発性に見られる(約6%)。高齢犬で多く、平均年齢が9歳である。他の犬種に比べて4~8倍発生の多い犬種としてボクサー、パグ、ワイマラナー、ボストンテリアが挙げられ、これらの犬種では多発性が多いとされる。またブルドック由来の犬種やゴールデンレトリーバーでは低グレード(高分化型)が多く発生するとの報告がある。
皮膚に見られる肥満細胞腫の外観は非常に変化に富む。数カ月から数年間存在するものもあり、挙動は様々である。犬では体幹や四肢に多く発生するが、猫では頭部や頸部、四肢で多く発生する。肥満細胞腫は刺激によって細胞内の血管作用性アミンが放出され、急激な紅斑や膨疹を形成する場合がある(ダリエ徴候)。
診断は細胞診により容易である。大型で細胞質顆粒を有する高分化型と、小型で染色性に乏しい細胞質顆粒を有する低分化型に分類される。その他リンパ節穿刺や腹部エコー検査、骨髄穿刺、バフィーコート塗抹を用いてステージ分類を行う。グレード分類には病理組織学的検査の信用性が高いため、通常細胞診で肥満細胞腫と診断した場合は、手術で摘出した腫瘍材料の病理組織学的検査を行いグレード分類する。グレードⅠ、Ⅱの場合はマージン3㎝の外科的切除で根治できる可能性がある。
予後は4年生存率がグレードⅠで93%、グレードⅡで45%、グレードⅢで6%である。グレードⅠ、Ⅱの生存期間中央値は3.5年以上であるが、グレードⅢでは10ヶ月以下と予後が悪い。リンパ節や肝臓、脾臓、消化管、骨髄、皮膚への転移が見られる。肺転移はまれである。また多発性の場合の1年生存率は86%で単発性88%と予後に有意差はない。
外科的切除が不完全な場合や転移が認められるケースではステロイド剤や抗癌剤の全身投与が必要になる。また、近年肥満細胞腫と癌原遺伝子c-kitの突然変異との関連性が示唆されており、c-kit遺伝子に変異が認められる症例においては分子標的薬であるメシル酸イマチニブ投与が検討される。しかし、メシル酸イマチニブは高価なため、動物での使用には制限がある(10㎏の犬の場合、原価で1日約2000~3000円程度と高い)。また、肥満細胞腫では腫瘍性肥満細胞から脱顆粒が急速に生じ、消化管潰瘍を引き起こす可能性がある。そのため、全身性の肥満細胞腫の場合や大型の腫瘤の場合にはH₂ブロッカーを投与する。本症例においても、H₂ブロッカーと抗ヒスタミン薬の投与を実施。

[本症例の総括](院長談):
①猫の肥満細胞腫は悪性度が低いため適切なサージカルマージンで摘出すれば予後は良好である。犬ではボクサーの同腫瘍が低グレードであることも知られている。最近ではパグの肥満細胞腫瘍も悪性度が低いという報告を散見する。本症例は、初診時から2年以上を経過し、定期的なバフィーコ―トの鏡検にても血中には肥満細胞は見られず、全身状態も良好で(検査的に限界があるが)内臓の異常も現段階では否定できる。以上より、本症例は皮膚に限定した多発性の肥満細胞腫と考えられる。
②では、治療は果たしてどうするべきか、どうあるべきかだが・・・。われわれが悩んだことは・・・1~3度目までは全身麻酔下でサージカルマージンも十分に取り、通常の腫瘍摘出術に習った。4度目からは、飼い主の注意と観察眼によって極めて早期の発見がなされ、また短頭種ということもあって鎮痛剤と局所麻酔での摘出とした。局所麻酔では3cmのマージンを確保することは不可能だが、1.5cmは取れる。グレードⅡの肥満細胞腫では1.0㎝マージンでその75%が完全切除可能であり、2.0㎝マージンなら100%の完全切除が可能との報告がある。(Evaluation of suegical margins required for complete excision of cutaneous mast cell tumors in dogs JAVMA 224;236-240,2004)この方法による手術部位での再発は一切ない。戦国大名なら「捨て置く」かもしれないが・・・思慮を重ねてもこの方法がベストかもしれない・・・悩みの種だ。

文責:獣医師 藤﨑 由香

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