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今週の症例(2014年2月1日)No.32:集中して来院した「猫伝染性腹膜炎」の3例

[症例①]:2歳の雑種猫、雌。多頭飼育。元気食欲の低下、呼吸困難、左眼の充血と眼脂を主訴に来院。重度の胸腹水貯留を確認。胸水は黄色で粘稠性が高く、検査センターに依頼して猫コロナウイルス抗体価測定したところ3200倍であった。血漿総蛋白濃度は9.4g/dlでぶどう膜炎も認められた。これらの検査結果から猫伝染性腹膜炎と診断。診断から7日後に死亡した。
[症例②]:約3ヶ月齢の雑種猫、雄。多頭飼育。20日前に保護。食欲低下、体重が増えない、嘔吐、眼脂、鼻汁を主訴に来院。赤血球数351万/μlでヘモプラズマ(ヘモバルトネラ)を確認。ヘモプラズマの治療を実施するが改善せず、眼振や斜傾などの神経症状が認められるようになった。血漿総蛋白濃度は>11.0g/dlで猫伝染性腹膜炎が疑われたが抗体価の検査は飼い主の希望で実施しなかった。初診から54日後(仮診断から23日後)に死亡した。最期は全身痙攣を呈した。(抗体価測定は「そこまで可能性が高いのなら」という飼い主の希望で不実施)。
[症例③]:1歳5ヶ月ロシアンブルー、雄。同居猫なし。発熱、元気食欲低下、体重減少を主訴に来院。軽度貧血とヘモプラズマを確認。心雑音が聴取され、超音波検査で心筋壁の肥厚が認められた。ヘモプラズマの治療で貧血は改善するがぶどう膜炎、四肢の硬直が認められるようになった。猫コロナウイルスの抗体価測定を実施したところ12800倍であった。初診から76日後(診断から62日後)に死亡した。症例②同様に最期は全身痙攣を呈した。

[ワンポイント講義]:
猫伝染性腹膜炎ウイルスは猫コロナウイルスに分類されている。猫コロナウイルスには猫腸コロナウイルスと猫伝染性腹膜炎ウイルスがあり、これらは遺伝子学的、血清学的にも同じウイルスで猫への病原性のみが異なる。猫コロナウイルスは発症しても軽度腸炎を引き起こす程度であるが、猫伝染性腹膜炎ウイルスでは発症するとほとんどが死亡する致死的疾患である。猫腸コロナウイルスが体内で変異して猫伝染性腹膜炎ウイルスへと変化する。変異するメカニズムは解明されていないが、ウイルス産生量と猫自体の免疫応答が猫伝染性腹膜炎ウイルスの発症を左右する。
猫コロナウイルスは乾燥した環境下では7週間失活しないで生存する。しかしこのウイルスは家庭用洗剤や消毒薬ですぐに失活する。日本では約20%の猫が猫コロナウイルスの抗体を保有しており、多頭飼育環境下ではほぼ100%が猫コロナウイルスの抗体を保有していると言われる。猫コロナウイルス感染猫9頭のうち1頭(約12%)が致死性疾患である猫伝染性腹膜炎を発症すると言われ、発症猫の約70%が1歳齢未満の猫である。
猫腸コロナウイルスに感染しても無症状もしくは軽度の腸炎を示す程度である。猫伝染性腹膜炎ウイルスを発症すると、多発性漿膜炎と血管炎により腹水、胸水貯留を主徴とする滲出型(ウェットタイプ)と、肉芽腫病変を主徴とする非滲出型(ドライタイプ)に分けられる。まれに両方を示すタイプもある。滲出液が認められる猫伝染性腹膜炎はおよそ半数であると言われるが、ドライタイプが増加しているとの報告もある。初期症状としては発熱、食欲不振、体重減少などが認められ、滲出型では腹水・胸水貯留による腹部膨満や呼吸困難、ぶどう膜炎、脈絡膜炎などの眼病変、神経症状が認められる。どの病型へ進行するかは個体の細胞性免疫の強さに依存すると考えられていて、細胞性免疫の応答が弱いと滲出型を発症する。
診断は臨床症状と血液検査所見を併せて判断することが重要である。血液学的所見としてガンマグロブリンの上昇を伴う全血清蛋白質濃度の上昇(高グロブリン血症)が認められる。その他リンパ球減少症、傷害臓器によっては肝酵素上昇や高ビリルビン血症が見られる。滲出液が認められる場合、滲出液の検査は診断価値が高い。黄色で粘稠性を帯びた滲出液が特徴的であるが、乳ビが確認された症例もある。蛋白質濃度が非常に高く細胞成分は非常に少ない。抗体検査も猫伝染性腹膜炎の診断には有用であるが、(猫腸コロナウイルスを含めた)猫コロナウイルスの抗体価測定である為、結果の解釈には注意が必要である。非滲出型の場合では病変の免疫組織学染色を実施することで猫コロナウイルス抗原の検出ができるが、組織サンプルを採取する必要があり侵襲性が高い。猫伝染性腹膜炎を発症するとほとんどの症例が死に至る。診断後の平均寿命は約9日で、なかには数ヶ月間生存したという報告もある。1歳以下の若齢で発症した場合には進行が早い。インターフェロンやステロイドによる免疫(炎症)反応の抑制が試みられているが有効な治療効果が得られたという報告はない。
感染経路は経口、経鼻感染による。猫伝染性腹膜炎ウイルスは糞尿、唾液、鼻分泌物中へ、猫腸コロナウイルスは糞便中に排出される。猫コロナウイルスに感染した猫では1週間以内にウイルスが排泄され、数週間から数カ月排出されることもある。
猫伝染性腹膜炎ワクチンがアメリカ、欧州数カ国で市販されているが日本国内では販売」されていない。しかし猫伝染性腹膜炎ウイルスは抗体介在性感染増強作用(人のデング熱でも知られているのと同じ病態)が発現することがあり、ワクチン接種した猫では対照群と比較して猫伝染性腹膜炎発症が増強するという残念な結果が得られている。このためワクチンに関してはまだ評価が分かれる。
予防するには猫腸コロナウイルスの感染を防ぐことが重要である。1カ所に多頭飼いすることを避け、トイレなどの衛生管理をしっかりと行うことが重要である。

文責:獣医師 藤﨑 由香

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